BODについて〜エサになるものは何でも流していいのか?
石けんは有機物の量が多いからBODが上がると言われます。
また石けんカスができることも石けんの短所だと指摘されます。
石けん会社など石けん運動に関わる人たちは、「石けんカスは、魚が食べる」
といった反論をしますが、実際のところはどうなのでしょうか?
「今じゃメダカなんて見なくなったなあ。昔はオムツを洗うといっぱい集まってきたのに。」メダカの映像をテレビで見た管理人の祖母が言った言葉です。
私の家は静岡県の山の中にあり、家の前を太田川という川の支流が流れています。子供の頃は、川でオムツを洗うお母さんたちの姿が良く見られました。きれいな川なので、魚がたくさんいます。子供の頃は毎日のように学校から帰ると釣竿を持って魚釣りに川へ出掛けたものです。
ときどき川でオムツを洗っている近所のおばさんに会うのですが、洗っているところを見ると、メダカがたくさん集まっています。赤ちゃんのウンチを食べに集まっているのです。
人間にとっての廃棄物、汚れが、他の生物のエサになる。理想的な物質循環です。
「おばあさんは川へ洗濯に」は、昔むかしのお話ではなく、日本の農村ではつい最近まで見られた光景です。
紙や木のような燃えるゴミは、川原で燃やしていました。灰は、畑に撒くと酸性土壌を中和するのに役立ちます。その感覚で祖母はプラスチックゴミを焼いた灰まで畑に撒いてしまい、非常に困ります。
祖母の時代には、環境中に廃棄して問題になるようなものは、あまりなかったのでしょう。人間の糞尿は、今はやっかいな廃棄物ですが、私が小学校低学年頃までは、あちこちに肥溜めがあり、肥料にしていました。隣の家では今でも人糞を肥料にしていますが、「ご飯時に撒くな」と畑の近所の人たちが怒っています。
オムツの洗濯くらいなら、川に垂れ流しでも問題はありません。ウンチはメダカが食べてくれます。メダカの食べ残しは微生物のエサになり、やがて水と二酸化炭素に分解されます。
燃やして問題になるゴミもありませんでした。土に返して問題になるものもなかった。生ゴミは、畑に埋めたりしていました。人間にとっての廃棄物も、他の生物にとっては、おいしいエサになり得たのです。リサイクル、地球に優しいなんて言葉もなかった祖母の時代、少なくとも農村では人間は自然の物質循環の一部として暮らすことができていました。
こういう書き方をすると、人間だけが廃棄物を出していたかのように思われるかも知れませんが、ある生物が出した廃棄物が、違う生物のエサになるというのは、自然界では普通のことです。人間だって、他の生物の廃棄物を利用しています。例えばお酒のアルコールは、酵母の尿です。
こうしたお互いの廃棄物を利用し合う物質循環のサイクルがうまく働いていれば、深刻な環境汚染は起きません。今、深刻な環境汚染が起こっているのは、人間が他の生物がエサや栄養源とするよりもはるかに多くの量の汚染物質を排出しているからです。あるいは、他の生物がエサにできないようなものを、環境中に排出しているからです。
かつて日本だけでなく、世界中の都市部の河川が、家庭から排出された洗剤により、泡だらけになり問題になったことがあります。洗剤に使われた界面活性剤「ABS」のせいです。ABSは、川に中の微生物のエサになりにくく、なかなか分解されずに汚染を引き起こしました。そこで、ABSの改良型として、「LAS」という界面活性剤が開発され、使われるようになり、とりあえず合成洗剤による泡の問題は決着しました。
微生物にとってエサにしにくいものをエサにしやすくすることで、汚染を防いだのです。
エサもほどほどに
他の生物がエサにしにくいものを人間が大量に排出すると、環境汚染を引き起こします。が、エサになりやすいものをあまり多く排出しすぎても、問題が起きます。
「おじいさんは、山へ柴刈りに」。昔話でよく使われるフレーズです。柴とは何かご存知ですか?薪ではありません。柴とは木の枝が伸びた先の部分のことです。リン分が多く含まれているため、昔の人は柴を刈って畑に放り込んでリン分の補給をしていました。
肥料の三大要素は、窒素とリン、カリウムです。この中でリンは、天然にはあまり多く存在しません。不足がちになる栄養素です。今の有機農業でも、有機のリン肥料になるものがあまりないことが悩みになっています。
自然の状態では不足しがちなリン。これが人間の手によって大量に供給されると、深刻な問題を引き起こします。特に湖のような閉鎖的な環境に流れ込むと、水を富栄養化させ、藻類や植物プランクトンの大発生を招きます。
1970年代、琵琶湖や霞ヶ浦の富栄養化が問題となり、赤潮が発生するなどして、世間の注目を集めました。その原因が合成洗剤に含まれる助剤(ビルダー)に使われたリンです。トリポリリン酸ナトリウム(STP)という助剤が多く使われました。
STPは、水の中のカルシウムやマグネシウムイオンと結びつくことで、界面活性剤の働きがこれらのイオンに阻害されるのを防ぎます。毒性はなく、とても優れた助剤なのですが、リンによって富栄養化を湖などに引き起こし、赤潮のような深刻な環境被害を起こすことになりました。
市民団体や、行政からの働きかけによって、合成洗剤の無リン化に取り組むことになりました。リンの代わりにゼオライトを使い、酵素などを配合することで洗浄力を補いました。今の合成洗剤には、リンを含む助剤は使われていません。
人間が、他の生物にとってエサになりにくいものを排出すると、環境汚染が起こります。しかし、エサや栄養源になりやすいものを排出してもまた、度が過ぎれば環境汚染を引き起こすことになります。「魚が食べるから」、「微生物によって分解されるから」といって、エサや栄養源になりやすいものをいくらでも水に流していいわけではありません。
「石けんは、微生物のエサになる」とか、「石けんカスは魚が食べる」だから石けんは水に流しても環境に優しいと主張する人たちがいます。そういう人たちと話していると、エサになるものはいくらでも何でも流していいのだと思っているように感じます。
これまで見てきたように、エサになること自体が問題になるわけで、エサになったとしても、いくらでも流して良いわけではありません。自然界の物質循環のサイクルを壊すほど多量に流したら、やはり環境汚染を引き起こすことになります。
そんな事態にならないよう、水環境を管理するための指標として、「BOD」があります。BODとは、生物化学的酸素消費量のことで、微生物が水の中の有機物を分解すると
きに消費する酸素の量を示します。
BODの考え方
大手の石けん会社や、石けん運動に関わる人たちが、よく「石けんカスは魚が食べる
から問題ない」という言い方をします。彼らのチラシや本、ホームページなを見ると、そんな表現がよく見られます。
どこかのホームページでそんな説明を読んだ読んだ方から、「石けんカスは魚が食べるって書いてあったけど、魚が食べ残した石けんカスはどうなるの?」という質問を受けました。
石けんカスとは、水の中のカルシウム、マグネシウムのイオンと、石けんが結びつい
た物です。わかりやすく言えば、粉石けんを水に溶かすと白く濁りますね。あの白く濁ったものが石けんカスです。石けんは、蒸留水で溶かせばミネラル分がないので、石けんカスはできません。全部溶けて、透明な液体になります。
あるいは、お風呂で体を洗ったタオルを洗面器で洗うと、白いもやもやしたものが浮かびます。あれが石けんカスです。お風呂の場合には、体の汚れなどを石けんカスが吸着した状態になっていると思います。洗濯や食器洗いで排出された石けんカスも、あれに近いものだと言えるでしょう。
本当にあんなもを魚が食べるのでしょうか?私は魚が石けんカスを食べているのを見たことはありませんが、赤ちゃんのウンチを食べるくらいですから、食べるのかもしれません。
魚が(食べるとして)食べ残したものは、微生物が食べることになります。いわゆる「生分解」されることになります。分解というのは、最終的に水と二酸化炭素に変わることを言います。
微生物には、好気性菌と嫌気性菌があります。前者が酸素を使って有機物を分解する菌で、後者が酸素を使わないで有機物を分解する菌です。分解能力の大きいのは、好気性菌で、水の中に酸素が存在する通常の状態であれば、こちらの菌が活躍して、有機物(汚染物質)を分解することになります。
水質汚染の問題で、生分解性が良いとか悪いとかいう場合には、こちらの好気性菌による分解を指します。
好気性細菌による分解では、酸素を消費します。水の中にエサになるような有機物がたくさんあると、細菌はさかんに増殖して水の中の酸素を使ってしまいます。そして有機物の分解のために水の中の微生物がどれだけの量の酸素を消費するかという値がよく耳にするBODという単位です。
BODは、(Biochemical Oxigen Demand)生物化学的酸素消費量の略で、COD(化学的酸素消費量)とあわせて水の汚染を示す値として使われます。BODが高いとか低いとかよく言われます。BODが高いというのは、それだけ水の中で微生物が活発に増殖や活動を続けていることを示します。だからといって、活発に活動しているのだからいいじゃないか、ということにはなりません。
微生物があまり活発に活動して、BODが高くなると、水のなかの酸素が消費されてなくなります。魚をはじめ水棲昆虫などの水の中の酸素を利用する生物たちが住めない環境になってしまいます。
酸素がなくなると動き出すのが嫌気性菌ですが、こちらは分解の効率が良くありません。それに分解の過程でメタンガスや硫化水素を出すので、悪臭がただよい、ドブ川のようになってしまいます。分解の効率が悪いので、まだ分解されないうちからまた新たな汚染がやってきて、汚染が蓄積されることになってしまいます。
こうなるともう魚などは住むことができません。だからBODは、あまり高くならないように管理していく必要があります。
天ぷら油の残りとか、味噌汁の残り、細かい生ごみなどをやたらと流さないように言われます。これらは微生物にとってはいいエサになります。が、エサになるということが問題で、分解の過程で酸素を消費してしまいます。BOD値が上がってしまうために、「やめましょう」と言われるのです。
BODに関しては、こちらのHPにわかりやすい説明があります。
合成洗剤と石けんでは、原料使用量や1回あたりの洗濯での使用量から考えて、石けんの方が値が高くなることが考えられます。
インターネットでは感情的に書かれている記事が多く、あまり良いデータを見つけられなかったので、大矢勝著「石鹸安全信仰の幻」という本にあったデータを紹介します。
この本の中で、「Q&A水環境と洗剤」という資料に、コンパクト洗剤と粉石けんの
BOD値の比較データがあったということで、以下のようなデータが示されています。
- 標準使用量25g/L のコンパクト合成洗剤のBOD値: 6.25g
- 標準使用量が50g/Lの粉石けんのBOD: 42.63g
BODの単位は、g(グラム)という実際に消費される酸素の量を示します。河川の
BODは、mg/Lという単位で表され、実際に現場で採取した水のサンプルの中に含まれる酸素量を観察して求めます。魚が住めるようにするには、BODは、5mg以下でなければならないと考えられています。
同じ本の中に生協連の学習資料「水環境と洗剤」という本の中に、別のデータがあったと紹介されています。
- 洗濯1回分の粉石けんのBOD: 14.8g
- 高級アルコール系の合成洗剤のBOD:2.8g
いづれにしても粉石けんは、合成洗剤よりもはるかに高いBOD値を示すことがわかります。だいたい5〜7倍の値を示します。このデータに関しては、実験ごとにばらつきがあり、数字だけでは判断できません。微生物を使って値を出すために、どんな微生物がそこの環境にいたのかで、値が変わってきます。
そうは言っても有機物の排出による汚染、有機汚濁負荷は、間違いなく石けんの方が大きいと考えてよいと思います。
できるだけ微生物のエサになるようなものの排出は、抑えるべきというBODの考え方からすると、石けんよりも合成洗剤を使った方が、水環境への影響は少なく抑えることができることになります。しかし、水環境について考えなければならないのは、BODだけではありません。水の中の魚などの生物の生育環境ことも考える必要があります。
前に述べたように合成洗剤の界面活性剤は、魚などに対する毒性が石けんよりも強い傾向があります。石けんは石けんカスになってしまうものが多いために、他の界面活性剤のようにエラに吸着して呼吸を妨げるなどの障害を、魚などに与えることは、あまりありません。
BODのことだけを考えたら、合成洗剤の方が「環境にやさしい」と言えるでしょう。でも魚などの水棲生物への影響を考えたら、粉石けんを使う方が、「環境に優しい」と言えるわけです。
では、粉石けんを使うことでBODが上がって、実際に何か問題が起きているのかといえば、起きていません。恐らく90%以上の家庭で合成洗剤を使っている今の現状では、粉石けんを使うことによるBODなんてたいして気にする必要は、ありません。
もし、粉石けんを使う家庭と合成洗剤の比率が逆転したらそれなりに影響が出てくるのかも知れません。が、生ゴミを排水に流したり、天ぷら油をそのまま流したりするよりはずっとましです。
だからといって、いくらでも粉石けんを使ってもいいということにはなりません。粉石けんを使うのが「環境に優しい」と言えるのは、魚などの水棲生物への影響が心配されるところで使用される場合に限られます。
私の家は、静岡県のかなり山の中にあり、下水道はまったく普及していません。家庭からの排水は、川へそのまま垂れ流します。だから人口がたいして多くないにも関わらず、見た目はともかくデータ的には水はあまりきれいではありません。でも、魚や川虫などがたくさん生息している川なので、こういう場所では、粉石けんの方が「環境に優しい」と言えるでしょう。
が、今静岡県は、町民の生活廃水や農業、産業排水が流れ込むこの川、太田川から取水して、浜松市などの周辺の市町村に水道水給水しようとしています。よくあるムダな公共事業です。そんな汚い水を供給しないように、私たちは運動を続けています。私たちが問題にしているのは、生活廃水を含む有機物たっぷりの原水を、浄水場で塩素消毒したときにできるトリハロメタンです。
トリハロメタンは発がん物質であり、これの発生は限りなくゼロに近づけるべきものです。淀川の汚い水を使っている大阪市では、全国ワーストワンの肝臓ガン発生地帯でした。そこで、大阪市では巨費を投じて浄水場の塩素消毒をやめ、オゾンによる消毒を始めました。が、オゾン消毒には「カルボニル化合物」のような新たな変異原性物質を生み出す問題があります。
やはり原水である川の水を有機物で汚染しないことが、水道水の安全性にとって一番大切なことです。
トリハロメタンの問題を引き起こさないためにも、有機物の排出は、最小限にする必要があります。水道水の取水施設の上流に住む人は、少しでも有機物の量を減らすために、合成洗剤を使ってあげた方が、その水を水道水として飲む下流に住む人たちの体に“優しい”かもしれません。
そんなことしたら、合成洗剤が水道水に混じるじゃないか!と言われるかも知れませんが、これまで見てきたように、LASの毒性なんてたいしたことはありません。LAS以外の界面活性剤ならもっと安全です。少なくともトリハロメタンよりはましです。川のお魚さんたちには迷惑でしょうが...。
こんなふうにいろいろな視点で考えると、何が環境に優しいことなのか、わけがわからなくなりますね。だから何も考えなくていい、○×思考の石けん運動がこの国で盛んになってしまうのでしょう。
石けんでも合成洗剤でも、他のものでも、何かしらの問題点や欠点はあります。同時に利点、優れた点もあります。自分の住む地域の特性を考えて、より利点が大きく、欠点が少ない選択(洗濯)をするのが一番いいのです。
下水道がしっかり完備している都市部に住んでいるのなら、省資源ということを考えて、あえて合成洗剤を使うという選択の仕方もあるでしょう。
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